褒める感想文 – 『あのこは貴族』

2022.12.15

以下の記事は映画のネタバレを含みます

「あのこは貴族」という映画をNetflixで視聴した。公開から2年近く経っているがトレーラーが話題になっていて、私が好きな「東京女子図鑑」のような映画を期待して観た。「東京女子図鑑」は女性同士のマウントや地方出身者の東京コンプレックスといった価値観をゴシップ感覚で描いている作品で、そんな飽き飽きするような俗っぽさの中に(ここでは詳しく書かないけれど)私にとって強いエンパワーメントや成熟がある作品だった。そして結果的に印象は違ったけれど「あのこは貴族」も素晴らしい作品だった。

本作の主人公は控えめな良家の箱入り娘でとても口数が少ない。親族の前でくさくさすることがあってもジャム瓶に指を突っ込んで舐めるくらいのグレ方しか知らず、大衆居酒屋に連れ出されれば汚れた便所に言葉を失って逃げ出したりする。華子は普通に生活していたら私と友達になりえないような人物だと思う。でも私はいつのまにか感情移入してしまっている。華子を取り囲んでいる古風な価値観、女性の役割や立場を押し付けてくる息苦しさがこちら側ともシームレスに繋がっていて、黙ってしまう華子も私も、ずっしり重たい石になってしまったように感じる。

もうひとりの主人公と呼べる美紀という女性は田舎から上京して苦労をしてきている。上京したては幼く頼りなげな印象だったが、華子と出会う頃には地に足がついた快活で華子とは対照的な話し方をしていて、美紀の部屋を「全部美紀さんのものだから」と羨むような様子の華子に「どこで生まれたって最高って日もあれば泣きたくなる日もあるよ」と語りかける。

立場の違う二人が引き合わされるプロットの理由はこの会話がそのまま表していると思う。とても感銘を受けたので、少し回りくどくなってしまうけど説明を書きたい。

女性をエンパワーメントするフェミニズム作品はいつも体験談や共感の形をとっていると思う。一人の女性の伝記から家事の負担を嘆くツイッターの投稿まで、女性が経験を語るものなら何であってもどこかフェミニズム的な様相を帯びる。
それは女性の生き様をありのままに描けば父権社会の歪さもありのままに描かれてしまうからだと思う。語る女性の側が意図していなくても、女性の経験は父権社会を相対化して視るための武器だし、些細で個人的な経験は政治的な経験である。だから体験を描くことはフェミニズム戦法なのだと思う。

美紀は「女に求められるサーキュレーター役」をしたたかにこなす自分のことも笑い飛ばしながら、逞しく人生を自分のものにしている。
一方で華子の婚約者の幸一郎は父権社会や「家」に苦しめられて自分の人生を生きていない人物だ。家を継ぐことが行動原理として内面化されていて、華子のことも自分にかけられた期待に適う結婚相手として選んだにすぎない。

現実社会でも同じように、頼もしい女性でも権威男性であっても、自分に求められる立場や振る舞いから逃れられてはいないだろう。
男女格差は一進後退しながらも減っていると思いたいけれど、人々の意識のミクロなレベルでのあらゆる偏見やステレオタイプはなくならない。無意識の偏見に気づくことから一苦労で、私なんかは自由になりたいと抗ったところで、偏見に反発ばかりして本末転倒になってしまいがちだ。

語ることはフェミニズムだと書いたが、幸一郎が父権性に従い同化していこうとする一方で、主要人物の女性たちが社会で不当に感じていることを語り合っているのが対照的だった。
先にあげた美紀のセリフには続きがある。「その日何があったか話せる人がいるだけでとりあえずは充分じゃない?旦那さんでも友達でも、そういう人って案外出会えないから」。
性別・社会的な立場・外見などへのジャッジ、求められる振る舞いから誰もまっさらになることはできないなかで、自分に向けられる偏見や不当な扱いについて話せる相手がいれば、それが独りよがりではなく自信を持っていい不満なのかを確かめたり、不当な価値観を笑い飛ばしたりできる。
他者が決めた評価に対して、また他者の評価を鏡にする。矛盾するようだけど、でもそんな共感やケアによって自分のあり方を自分で決定づけていくやり方が、父権社会とは異なった、体験を語るフェミニズムの闘い方なのではないかと思った。

鏡にする相手によっては価値観が塗り替えられてしまう。美紀の言うように「話せる相手」には案外出会えるものではなくて、幸一郎にとっても華子は本心を出せる相手ではなかった。華子が美紀を追いかけたのも華子の努力というより偶然に近い出会いだ。でも華子はずっと幸一郎に向き合おうとしていたことが思い返される。
「家」から離れた華子が幸一郎に向ける眼差しは、これまでの人生を引き受けていて、そして出会いの時と変わらず真っ直ぐで、胸を打たれる。あの音楽を聴くだけで泣いてしまいそう。

映画『あのこは貴族』公式サイト
https://anokohakizoku-movie.com/