おばあちゃん・ラプソディー

私は別段おばあちゃんっ子でもないんだけど、ゴールデンウィークに会ってきたから、ちょっとおばあちゃんの話。うーん、なんでそんな断りを入れて書き始めるかね。親戚について書くのはある種の緊張がある。物事との距離が遠すぎても近すぎても書くのには向かないんだな。

おばあちゃんは83歳。引き戸になったその玄関は鍵がかからないというほどのオンボロ家に住んでいる。公道にせり出す形で家の前に停められているのが廃車ではないことから、そこが廃墟ではないことが道行く人々に窺い知れる。この家のボロさにかかればおばあちゃんなんて新品肩落ち程度のものだ。だって外に停まっているその白いハイエースを乗り回しているのはおばあちゃん本人なんだもの。足腰が丈夫で、ほんのつい最近まで種屋の仕事も続けていた。しかしながらそのオンボロ屋敷は敵を欺くための隠れ蓑で、実は玄関をくぐると皇室さながらの思わぬ空間が広がっている。本棚をくるっと反せば隠し部屋という具合にね。もし真実だけをありていに言うほうが好まれるなら、オンボロ屋を内側から順にリフォームしていると言い替えることもできる。近々外観も手入れされて鍵のかかる立派なドアが付く予定です。

服にほころびを見つけたので携行していた裁縫セットで繕いはじめた、丁度そのときおばあちゃんが二人とお寿司がやってきた。ふたりのおばあちゃんは通称金さん銀さん。この頃いつも一緒にいるらしい。世話焼きの私のおばあちゃんは私の手元を見て早速やきもきし始めたので、代わりに縫ってもらうことにした。もし仮に自分で縫いたくても、人にやってもらうのが面倒くさくても、おばあちゃんが何か代わりにしてくれようとする時はさっさとバトンタッチしなければもっとめんどくさいことになる。なにせひと針縫うごとに3回は断らなくちゃいけなくなるだろうからね。まだまだボケてはないんだよ。食べ物についてだって、おばあちゃんに進められたが最後黙って食べるのが得策だ。寿司食べなせて(食べなさい)。いやぁさっき朝食食べたばっかりでもう充分。そうかね、食べなせて。いやもう腹が。食べなせて。やんややんや。やっと引っ込めてくれたと思った矢先にグレープフルーツを切って差し出してくるからね。食べなせて。ちなみに柑橘系の果物の呼び名は全部みかん。
縫い終えた糸を切るのにミニサイズのハサミを手渡したら、何故か知らないけど「見てみなせぇこんげちんけぇ鋏(見てみなさい、こんなに小さなハサミ)」といって婆さん二人で見せ合ってキャッキャしていた。「こんなに小さくて一体何が切れるの」という意味合いだろうと大体想像つくけれども、数分後に同じ事を言ってまたキャッキャと見せあっていた。念を押すけどボケてはないんだよ。視力もバッチリだし。針を持ったおばあちゃんの手元は時間を要さなかったし、縫い目はピシッと整列していた。

親戚一同が会する場面で、幼い私が父親似か母親似かという話題になると結論は決まっておばあちゃん似だった。これからも私ばかりが似ていって、ぴったりとはいかなくても同じサイズに収まるんだろうなあ。
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