健忘

ドアをくぐる行為は脳にとって活動の切り分けになるために記憶が途切れ、その結果人は傾向としてドアをくぐる度に物忘れをしやすい、という研究発表がなされた。随分前にニュース記事を読んだ。
私の脳はなぜだかその文章に「どこでもドア」を織り込んだ。「どこでもドア」をくぐるという行為は記憶を寸断させる…「どこでもドア」の転送方法は、利用者をスキャンして複製を目的地に転送するのだろう…複製時にデータの欠損が起こり利用者に健忘が起きる…それはとても自然なことだ…。

この頃健忘が多い。生活サイクルの変化をきっかけに、気づく回数が増えただけのことで、緩やかな老化だと思うけれど。
忘れごとに重ねて、ふと時計を見たら思いがけず時間が経っていたときなどには、時空間がすっぽり抜け落ちてしまったみたいで、特定の位置にだけ私の存在データが消失しているみたいで、悪夢SFのイメージが織り込まれる。

この頃Google検索が以前のようにすぐには目当てのものに辿り着かない。他者のデータばかりでなく自分のデータもクラウドに格納しまくっていて、もし広大な「無意識」の中にあるデータと私の意識を紐付けているものを無くしてしまったらもうそのデータは取り出せない。検索不能か欠損かも不明。
私は自分のPCの中やサーバー上にあるデータをうまく整理して扱えていないことにフラストレーションを抱えている。
時間がすっぽり抜け落ちてしまうのは大抵PCのディスプレイと向かい合っている時だ。
そうこうしていると忘れごとをする。今度は逆に、私の脳が忘れていて私の外部のデータが覚えている。「健忘」「データ欠損」「検索不能」それぞれ区別がつかなくなる。

とりいそぎのところ私は、gmailを使いやすくするライフハックや、タスクを整理するというタスクを作ったりだとか、たった3つのステップでインスタントコーヒーを美味しくする方法を身につけ、webを手に取れる道具のひとつにおとしこめることで、webの中にいる私を実存に戻してやろうと思う。

この間「(日付)デスクトップが汚いのでとりいそぎ」というフォルダをデスクトップに作って未整理のものをすべてつっこんだ。非常に仕事ができる女である。

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