現アラサーが小学6年生から大学半ばまでロリィタだったころのこと話すね

1997年、私は憧れのロリィタの世界に足を踏み入れた。
新潟県の田舎町から通販でHeartEのストラップシューズを手に入れたのだ。Vivienne Westwoodのロッキンホースバレリーナとも違わぬプラットフォームの厚底だけど、つま先がボールみたいに丸く、盛り上がっていて断然愛らしい。サイドにいちごのパッチがついていた。
当時、フリフリしたロリィタテイストのアイテムはロリィタブランドでしか手に入らなかった。デザイナーが特別な脳みそで描き出し特別なパタンナーが形作り特別な業者に特別なルートで発注をかけて特別なルートと価格で提供されるアイテムがロリィタアイテムだった。
私は特に靴に惹かれていた。素人に成形が困難なあの形を見つめる私は、モノリスを見つめる猿。

PINK HOUSE混同、ロリィタ枯渇時代

HeartEが榎本加奈子主演のTVドラマ『おそるべしっっ!!!音無可憐さん』に衣装提供するというので見ていたのが翌1998年。子供服だったエミリーテンプルが婦人服としてエミリーテンプルキュートになったのも1998年。
マルイワンにロリィタは扱っていなかったし、Angelic Prettyはセレクトショップだった。HeartEは最初の移転する前の原宿の店舗があった。雑誌『ゴシックロリータバイブル』がムック本として創刊されたのは2000年。『下妻物語』の小説初版が2002年、映画化は2004年。



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そんなロリィタ枯渇時代の90年代末の新潟県でロリィタ道に踏み入れたのは、親の用事で東京に行って原宿の神宮橋にたむろするゴスロリちゃんを見て憧れるようになったから。
それまで私はキャップを逆さにかぶり、鼻頭にわざと絆創膏を貼って、チューインガムを膨らまして写真に写るような利かん坊の女の子だった。のちのち「かわいい」に魂を吸い取られる体質に調教されていくが、初めてゴスロリちゃんを見たときの感想は「超かっけー!!まじクール!!」だった。
小学生だったので、本当の意味でロリじゃないかと思われるかもしれないが、当時の流行からするとそうではない。
安室奈美恵が全盛期で、ミニスカートにシャギーの入ったツンツンの茶髪、日焼けサロンで肌を焼いたアムラーファッションや、PUFFYのタイトなTシャツにだぼっとしたダメージジーンスを合わせ、髪はちりちりのソバージュという格好が跋扈していた。
モーニング娘。の『抱いてHOLD ON ME ! 』が発売されるころで、アイドルだって大人っぽすぎる色気を見せていた。大人も若年層もとにかく大人びた服装をしていた。フリフリのお洋服を着ている小学生なんて本当にいなかった。

この頃に友達4人くらいでPIKOのTシャツを着て近所のカラオケ大会で鈴木亜美を歌ったのを覚えている。


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curassy.com

大人たちはPINK HOUSEを通った世界観だったので、ミニスカートのギャルに比べて主に貞操の観点から好意的に思ってくれた。いかにもカントリーテイストの子供服といった感じのお古が親族によって私の手元に集まってきた。しかしカントリーとロリィタはウェディングドレスと宇宙服くらい私のなかで差があった。のちのち、2001年の嶽本野ばら著『それいぬー正しい乙女になるために』で「カントリーなんて糞くらいあそばせ!」というタイトルでPINK HOUSEをdisっている章があったし、三原ミツカズの『DOLL』1巻でブス役がPINK HOUSE風の服を着ていたので、ロリィタ信仰の共通認識としてPINK HOUSE disは根強かったのがわかる。

掲示板で出会った文通友達にヘッドドレスを送る

中学生になって家族共用のパソコンが手に入り、バンギャのゴスロリからロリィタに趣味が変わっていった。インターネットで有名なロリィタちゃんのウェブサイトを徘徊した。その掲示板で仲良くなった埼玉県の子と文通をした。
プリクラを送ったり、見よう見まねで作ったヘッドドレスを送ったんだけど、本物のヘッドドレスを持っていないから、今思えばベースの生地がなく、レースをレースでつないだだけのレースのおばけだった。

HeartEやBaby, the Stars Shine Brightやメタモルフォーゼのサイトのスタイリングの切り抜きをディズニー版アリスのプリクラ帳に入れてた。

ネットで譲ってもらったポストカードなんかも入れていた。これは初期の名作と言われてたBABYのギンガムチェックのお洋服。抱いてるお人形も存在し、のちのちリバイバルもされたような。もちろん代官山に店舗があったころ。
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新潟ガタケットから持ち帰った精神主義

新潟にはガタケットというコミケのようなアニメマンガイベントがあり、同人活動をしている中学校の友人から、会場にロリィタがたくさんいるとの報告を受け遊びに行った。
でもそこには、安っぽいラッセルレースがついたボリュームのない衣装にすっぴんメガネの人や、また、ピンクの甘い甘いお洋服なのに足元はスニーカーというような人が沢山いて、世界観のないコスプレロリィタを蔑視するようになった。コスプレロリィタがいる限り、ロリィタはファッションとして理解されないと思った。
ちなみにラッセルレースを蔑んでいたが、メタモルフォーゼの綿混ラッセルは許していた。
お金がなくてアイテムをあまり手に入れられなくても、コスプレと思われずにおしゃれに着こなすためには、髪型や仕草、精神からロリィタでなくてはならないと思い、制服を着ていてもスカートの下に短いドロワーズを履くようになった。
安易にロリィタっぽい服装の子を出してくるアニメ・マンガ作品にも嫌悪感を感じた(ちょっと後だけどローゼンメイデンみたいな)。三原ミツカズは嫌いじゃなかった。『集積回路のヒマワリ』に出てくる女の子と同じJane Marpleの昔のスカートを親の名義のヤフオクアカウントで探して手に入れたりした。

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最近『AIの遺伝子』を読んだ時に、AIロボットを一般消費者が買えるようになった世界の短編ヒューマンドラマというところに既視感を持ったのは、『集積回路のヒマワリ』やそれに続く『DOLL』を思い出したせいかな。


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小説は色々読んでいたけどロリィタ関連のものは嶽本野ばらしか知らなかった。
そういえば、嶽本野ばらの『ツインズ』みたいだなあと勘違いしながら新潟の長岡で平凡なフリーマーケットに一人で出店してるとき、Angelic Prettyの元デザイナーだという人に声をかけられた。私は赤チェックのジャンパースカートに白のボンネットをかぶっていた。まだ、Prettyのオリジナル商品は出始めのころだったと思う。

指定制服があるけどBaby, the Stars Shine Brightのコートで学校に行っていた

中学生のその頃はHeartEが大好きだった。うさぎの耳がついたふわふわのパーカーとか、天使の羽がついたナップサックや耳あてとか。初めて店舗に行ったとき、店員さんがスタイルのいい遠くを見るとき目をほそめる可愛いお姉さんだったのを覚えている。


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hearte.co.jp


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fril.jp

インターネットで知ったエミリーテンプルキュートにも憧れだした。
子供服のシャーリーテンプルが当時新潟の伊勢丹かどこかにあると知り、行って1,000円のギフトボックスを買い、インテリアとして部屋に飾ってうっとりしていた。
そして初めて東京原宿のラフォーレの店舗でお買い物をした。エミリーテンプルキュートは外国の女の子をモデルに起用したちょっとハイソなお姉さんブランドという感じだったのですごく緊張した。
全盛期にヤフオクで定価の三倍くらいの値がつくことになる初代ショートケーキ柄がなぜかたくさん残っていたのを覚えている。それを横目に着まわしやすそうな、ストライプ模様がさりげなく入ったピンクのワンピースを親に買ってもらった。


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closetchildonlineshop.com

そのころ届いたポストカードだと思う。
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シャーリー30周年なので2002年。マルイワン新宿6Fということは、マルイヤングの5-9Fにマルイワンが移る前かな(キュートは8Fに移った)。
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こっちは2003年のはず。ラフォーレにまだ店舗があり、4階に移る前の4.5階のときですね。
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でも、発育の遅い中学生の身にエミリーテンプルキュートの婦人服は、身丈は合っているのになんだかいかにも「着せられている」感があった。その点HeartEは「子供服を大人のサイズで作る」というコンセプトがあり、しっくりきていた。

しかし転換期が訪れる。指定制服のある高校の入学式でHeartEのピンクのトートバッグを持っていたら「あの子、お母さんの手作りのバッグw」と噂話されているのが聞こえたのだ。確かにHeartEはハンドメイドっぽさがあった。客観的に見たことがなかった私は衝撃を受けた。ワンピースなら一着2万はするものだったのに、手作りに見えるなんて損してる気分だった。すこしHeartEに距離を置くようになった。
大きな鞄を持っていなかったこともあり、親にねだって入学祝いとしてBaby, the Stars Shine Brightの学生風の茶色鞄を買ってもらい、それで登校した。
雪国のため冬はロングコートとブーツの着用が許されたので、鞄に加えてBABYの白のロングコートと同じくBABYの白のロングブーツを履いて登校した。どの角度から見ても学校に行く服装ではなかった。


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closetchildonlineshop.com


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中学生〜高校に入りたてのときのプリクラ。
お洋服を買うためにバイトを沢山した。

ロリィタのおかげで初めて洋楽ロックを聴く

HeartEが手作りと思われることの反発から極端なBABYやPrettyに移ったが、だんだんエミリーテンプルキュートにのめり込んでいった。

Jane Marpleにも少し手を出した。うさぎ&バンビさんという方がJane Marpleのファンサイトをやっていてずっと見てた。他にファンサイトをやっている人が、Smashing PumpkinsがMVが世界観が素敵で好きだと書いてあったのを見てほどんど初めて洋楽ロックを聴いたりした。ロリィタの子がよく聴いていたのがヴィジュアル系と香奈。香奈は最近ググったらあの頃と同じクオリティを維持していた。感心した。

転校してエミリーテンプルキュート三昧

途中で私服の高校に転校した。
新潟のひとつの高校で、奇跡的に私と同じく、エミリーテンプルキュートを古参ぶって「エミキュ」ではなく「キュート」と略す子に出会い友達になった。由来は初期に接していた店員さんがそう呼んでいたからである。ココルルを着ているようなギャルが多かったけど下妻物語の影響かみんな理解を示していてよくしてくれた。

この時はとにかくエミリーテンプルキュートを買っていて、毎日ほとんど同じ服を着たことがなかった。それと、もう「自分はロリィタだ」という意識がなかった。エミリーテンプルキュートはエミリーテンプルキュートというジャンルだった。

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見る人が見ればなんの服かわかる!

「Cerise」に名前が変わる前のBaby Ribbonで5,000円くらいする帽子箱や1万円くらいするハートのクッションとかも集めてた。

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store.lovecerise.com

高校生のときに貰ったハガキ…だと思う。
もうラフォーレは4Fでマルイワンはヤング館の上だね。
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この柄のワンピ人気で「昔のキュートが帰ってきた!名作だ!」と言われていた。私はピンクを買った。

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この時黒猫ちゃんの柄のお洋服が出てて(上のプリクラ上段右から二番目)、評価が分かれてたたけどそのあと名作と言われた。

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この時名作と言われてたエミリーテンプルキュートの服には、鳥かご柄、ぬいぐるみうさぎ柄、籠苺柄、バラリボン、ショートケーキなどなど。ロリィタのお洋服の名作なんて同時代の人にしかわかんないんだろうなと思うとさみしい。
2016/09/27/19:30追記:この時懐古されて名作だといわれていた、過去のエミリーテンプルキュートのお洋服の話です。当時ヤフオクで高値がついていたお洋服で、この当時発売されたものの意味ではありません。余談ですが、上で紹介したポストカードのショップ柄や猫ちゃんのプリントなど、裾プリントが人気の傾向がありよく売れていたので、みんな裾プリントに注目していたし、戦略的に出されていった印象があります。余談でした。)

エミキュ友達が増えたので双子や三つ子も沢山したし同じ服を色違いで持っていた

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このころ、雑誌、初代『小悪魔ageha』でBABYやPrettyを着る人がいて、キャバクラで働くバンギャがJESUS DIAMANTEを着ていた流れがあって、その辺が近い存在になっていて、私もカジュアルにケイティやMILKを着始めたり、今ではブランド自体無くなったAmonavisなどなら着るようになった。タイトな服を着たのは中学生ぶりで、大変新鮮だった。

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でも、大学に入って東京に出たら、またエミリーテンプルキュート好きの子がいて、大好きなお店も近くなったし、またエミリーテンプルキュートに盲目になった。

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悶え苦しむのが辛くてやめた

それで、大学生半ばになって、かわいいものに悶え苦しむのがもう辛くて脱しようと思った。

お洋服は全部売ったし、ここに載せたポストカードも、スキャンしてしまって本体は捨てたし、HDDが壊れて消えたお洋服の写真やプリクラもたくさんある。

謎の手作りの服を着てる期間や全身ユニクロの空白期間を経て、今はブランドで言うとG.V.G.VやKENZOをよく着る。HYKEとかAcne StudiosとかmameとかTOGAとか、普通の同年代らしいこのゾーン。
でも2014年のG.V.G.Vはラブリーなコンセプトだったので引き戻されそうでまずかった。
そしてPINK HOUSEとコラボした服を見つけて目ん玉飛び出た。
今年20年ぶりにPINK HOUSEの店舗がラフォーレに復活する そうで、チェックシャツとの重ね着やヴェトモン主導のオーバーサイズのスタイリングに、ぜんぜん思春期の「かわいい!」が呼び起こされなくて、安心した。着たいと思えた。「かわいい」は私の思春期の同胞と呼ぶべき存在で大切だけど、このまま外側から見ていたい。

こんなにガジェット感の無さすぎるMISFIT RAYだけどIFTTTのトリガーになります

スマホアプリと連携して使う活動量計のMISFITシリーズにRAYというモデルが加わり、5月27日より発売されます。予約販売中です。
http://jp.misfit.com/products/ray/

サンプルをいただき二日ほど前から腕に装着しています。
ローズゴールドにグレーのレザーバンドを選びました(写真左手)。かわいい!まだまだアクセサリー類が出るそうなので楽しみ!

こういう活動量計自体初めて使ったんですが、MISFITは腕以外にもネックレスのように首から下げたり、ポケットに入れても使用できて、こんなに人間の動きを感知できるのか…とすんごい驚きました。睡眠ログも、深い睡眠と浅い睡眠が測定されます。それでいて500円玉とほぼ同じ重さで防水、電池だけで半年持ちます。

MISFIT RAYは電話やメールが来たらLEDを点灯して通知してくれたり、朝起きる時間にアラームをセットしておけば振動して通知してくれて快適な目覚めを得ることができます。
また、MISFIT LINKアプリを入れれば、MISFIT本体のタップによってスマホを鳴らすこともでき、IFTTTのレシピを割り当てればもっといろんな操作ができます。
私は最近自宅の照明をPhilipsのIoT照明「hue」にしたので、ためしにMISFIT RAYをタップして照明オン/オフしました。

(タップ系のトリガーがmisfit RAYの場合、ダブルタップは進捗状況の確認に設定されていて、残されたトリプルタップしかレシピに使えないことに気づくのに時間がかかりましたが…。)

(このレシピは実用的じゃないけど、hueのほうもまだ全然遊んでいないので、何かしたいです。)

性別から自由になりたい童貞女子による女性の性欲についての思弁

前回のブログは5年以上前から思っていたことをそのまま書いた。時代状況を全然吸収していないが、人に伝わるのかなあと思って書いてみた。

私は性別から自由になりたいと思っている方の人間だ。
「生まれ変わったら男と女どちらになりたいか」?、「男に生まれても女に生まれても私らしく生きられる世界に生まれたい」。

女友達も少なく世間的にもあまちゃんな私の話など童貞が女を語っているのを聞くくらいの感じで読んでほしいのだけど、男性の性欲は抑圧されることでこじれるのに対し、女性の性欲は根本からこじれる構造にあると思う。

「私は風俗嬢が天職だと思う!」っていう女性がいると、男性は単純に「性欲が強いんだね。じゃあ仕事で発散できていいね」って言う。でも若い女性の性欲の強さは、生物的なものよりも、いかにこじらせているかっていうのと比例すると思う。

「小さいころの性的トラウマがあったけれど、アダルト業界に入ってトラウマを解消できた」、なんて女性や、「夫とセックスレスで女としての自分に自信がなかったけど、AV女優になって人気が出たことで、生きる気力が湧いてきた」なんて人は多いようだ。この場合男性のような「性欲の発散」ではないと私は思う。

女性の性欲は承認欲求とセットになりやすい。だからこじれやすい。

女性は子どものころから同性のおっぱいを吸って心地よさを感じているから、女体のエロスに目覚めている。スタイルのいい自分に萌える。モテる自分に萌える。自分が萌えられる存在であることに萌える。そんな風に抽象的なレイヤーの性欲だらけで、男性のように性欲を性欲単体として切り離しづらい。
承認欲求やトラウマが性欲の源泉になっていれば、性欲に向き合うほどますます性欲に絡め取られ、自覚したら飛躍して性産業に行ってしまったりもする。

承認欲求を満たしたいというのは男も女も変わらないのに、女の場合きれいになってモテることが選択肢のほとんどだったり、アイドルやAV女優になって作品づくりをするということがみんなの憧れる大きな選択肢になっているのが、私は狭小だと思うし気持ちの悪さを感じる。

女が女であることに縛られるほど性的サービスで承認欲求を満たすことが手軽で安直な手段になり、女の選択肢を減らしているという構図。選択したのは本人の意思のようでいて実際は性別というシステムに依拠している。そしてそれは男性の性欲よりも女性の性欲の方が資本になることが後押ししている。

だから私は性別から自由になれる世界を望んでいる。のかもしれない。

童貞女子の思弁は以上です。
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全ての女性はフェミニストであるべきだ

私は有識者ではないし色々な責任を引き受ける準備もないし、社会には他に解決すべき問題が山積みだ。それでも私はフェミニズム論者でありたい。「全ての女性はフェミニストであるべき」だと考えている。なぜ全ての女性がフェミニストにならなければいけないのか? 今の私たちの社会には「女性」と「人間」しかいないからである。社会が「猿」と「チンパンジー」で構成されているとして、チンパンジーが疎外されている。チンパンジーからの主張は「私たちも猿だ」だろうか? 違う。「お前たちはゴリラだ」。この主張ができるのはチンパンジー側のみだ。だから全ての女性はフェミニストであるべきなのだ。

「女性」と「人間」しか存在しないことに実感が湧かなければイメージしてほしい。「男になる」とは「社会的人間になる」と同義だ。その通過儀礼は男性のみが獲得できるもので、女が性転換をして「男になった」ところで、「大人になった」わけではない。
対して「女になる」は性別や身体、そして身体の拡張としての「身に纏うもの」を変容するだけで獲得できる意味が全てだ。
女に見える動物はあまりいない。ゴリラもイグアナもイワシも。だがピンクのリボンを頭に結んでやれば女に見える。女とは身体的記号が全てで、男性にはその身体がない。男性は神と同じく性別のない無色透明で中立な存在で、性別を持っているのは女性だけだ(この文章ももしも「あたし、〜と思うのよね。〜なのかしら。」と書いていたら、もっともっと公共性のない随筆と受け止められるだろう)。そういう意味で「女性と人間しかいない」。

男性の中にもフェミニストはおり、彼らは「女性を救ってやる」というまさに男性中心主義に陥る危険と戦っている。そんななか女性が率直に権利を主張せずどうする?
なぜフェミニストが責任を負わなければならない? 世界の半分は女性なのに?

争いごとを嫌ってフェミニズムを退けることはある。場面単位で発生する。「個人の我慢くらいで済むのなら」、と。
なぜ個人的、家庭的なことは政治的、公共的なことと切り離されて考えられるのか?
権利をめぐって争うのは持たざるものの証明であって、育ちが良いと古き良き女性像に同化することに疑問をもたなかったりする。
男性の一歩後ろを歩くような女性は美しく、美しさゆえに内面化されやすい。女性は「おしとやかにしなさい」「股を閉じて座りなさい」などと母親を通じて、男性を意識するよりはるか昔から「身体」を矯正される。そして進んで矯正されていく。奴隷が奴隷であることにアイデンティティを持ち、自分の子どもを奴隷に育ててしまうように。

そういった奴隷はフェミニストにとって障害か? そうではない。
女性の労働をめぐって人と話したりすると、男性と対等になりたいのなら身体性を犠牲にしろ、長時間労働に耐え、身なりは最低限整えるだけにしろ、という至極真っ当で現実的な話になってしまう。
この話は裏返すと男性と対等になる気がなければ女性を売りにして良いという意味になる(風俗産業の是非の話にもなりやすい)。
すると、女性らしさの奴隷になることを批判する(女性らしくあることを否定する)ことと、女性を売りにする(女性らしくあることを肯定する)こと、これは正反対のようでどちらも同じ構図だということがわかる。
男性社会の中で生きるために女性らしくあるか女性を捨てるかの二択なのだ。「人間」か「女性」かの二択のまま変わらない。
それは女性解放のひとつの側面だが、フェミニズムの秘める可能性はもっとあると思っている。

できることは多様な性の在り方を肯定し推し進めることなのかなと思う。LGBTや既成の型に囚われない家族の形など。
ゴリラ以外にもオラウータンやチンパンジーを発見しようということ。自ずとゴリラも認知されるようになり、男性の生きづらさを解消することにも繋がると思う。

自身のことも再発見していかねばならない。政治施策がうまくいったり失敗したりするのを観賞するだけで終わらせてはいけないと思う。

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この間の朝のガラちゃん(イグアナ)。
このサイトはやく作り直したいです。

文字要素ひとつにCSSでボーダーをいっぱいつける遊び

css3を使ってweb1.0感のあるデコレーションをするほうほうをはっけんしたよ!\くだらねー/

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(gifパージョン)

スクリーンショット 2015-11-14 18.37.51

background: linear-gradientを透過せずに50%でかける

スクリーンショット 2015-11-14 18.38.05

background-positionの上下方向をずらすとサンドイッチになるんだよ!

スクリーンショット 2015-11-14 18.36.16

border-topとbottomとbox-shadowとtext-decoration: line-throughもつけてフォントカラーかえてみたのがこちらです

最終的にspan要素に
background: linear-gradient(rgba(248, 18, 18, 0) 50%, #FF0000 0%);
border-bottom: 12px solid #BC02F9;
background-position: 0px 50px;
border-top: 13px solid #FB01C5;
box-shadow: 0px 65px 0px #00b9eb;
color: #0BF16B;
text-decoration: line-through;
をつけました

【追記】

background: linear-gradientを透過なし50%に加えてbackground-sizeも変えるとこうなるのであった

この岸あの岸

「自分が死ぬまでに達成できないもの」について思いをめぐらせるようになった。歳をとってタイムリミットに現実感がもたらされたのだろうか。それとも人生をかけてコミットしたいものがようやくできたのかもしれない。
「人生を物語化」する物事に懐疑をもって接してきたつもりでいる。政治とか宗教とか科学とか哲学とか占いとかあなたとわたしが同じ時代に生まれたのは運命だとか。人間は物語のなかでしか生きられないことは重々承知しつつなるべく相対的立場を好んだ。その性質は私のジェネレーションで語ることもできるが、新興宗教に没入したまま亡くなった母親のもとで育ったという個人的体験で語ることもできる。
ジェネレーションで語るならば、物語に没入する危険性を鑑みつつも「あえて」コミットするというメタ没入型のひとも多い昨今だ。タイムリミットに気づいていてクレバーだと思う。
タイムリミットを延ばせるとしたら草薙素子のように疑体化したりAiに脳データを移植するほかない。2045年と憶測されているシンギュラリティ以後にはそれも可能かもしれない。
シンギュラリティが起これば人間は単純労働から逃れ古代ギリシア人のように哲学に浸る時間が増えるという論が一方ではある。脳データの継承ができ死を乗り越えられるようになったら実存的哲学はどういう形になるのだろう?宗教は?
「自分が死ぬまでに達成できない」ことの根源はタイムリミットともうひとつ、達成したいことが他者によって阻まれているということだろう。オブジェクトのリミットがあるためであることが多いように思う。ひとつの神の予言の地を奪い合うこと。財産を奪い合うこと。動物の命を奪わなければ生きられないこと。
オブジェクトのリミットが超えていきやすくなっている。ストリーミングでの音楽配信がいま広まりつつあるように、モノを持つことが少なくなっているから。
タイムリミットを延ばせないなら、並行世界に移行して夢を実現するという方法もある。
この間「破壊衝動と性衝動を切り離すことに失敗した屍姦好きの犯罪者に生まれていた可能性を考えることがあるよ」と人に話した。死刑についての話になり、世間と利害関係が一致しなかった不幸な犯罪者は死刑ではなく仮想現実に送って自分の好きなように生きさせれば良いという結論に至った。死はまだ未知だから。
魂は有限か?宗教家の母親のもとですごく考えたことがあった。
魂という概念は私のなかであるときは固有に存在するものだったりあるときは理不尽な肉体と合理性の間の余剰物だったりあるときは思考回路のクセだったり、そのときの自分を支配している低レイヤーの物語のなかで形をかえたが、常にある概念だった。
ほとんどの宗教は意味づけの体系と呼べるから、宗教を排除して意味付けを無くされた私は意味について様々な角度から引いて見たり近づいて見たり、結局のところますます意味に親しむようになってしまった。無意味に死ぬ命があるのはなぜ?というように。
何も達成できなかったとしても小さな意味を見つけ物語に収まっていくのだろうという諦観がある。テクノロジーの発展は意味の彼岸に連れて行ってくれるだろうか。そればかり楽しみにしている。

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カメラ関係の近況をお知らせ

どれも公開されてから結構日にちが経っているのだけれども、カメラ関係でしたことをまとめてお知らせ。

ムック本のカメラマンをしました


アニメ「てさぐれ!部活もの」の公式ファンブック『てさぐれ!本もの』でカメラマンをさせて頂きました。


(公式写真)
メインキャストの西明日香さん、明坂聡美さん、荻野可鈴さん、大橋彩香さんを撮影させて頂きました。

「アイスっ娘」でカメラマンをしました


アイスを食べる女の子たちの写真限定のギャラリーサイト「アイスっ娘」でカメラマンをしました。

http://icecco.com/

もう遠いこの日(撮影日は服装でお察し下さい)カメラの装備でとある失敗をしており、暖かい目で見てやって下さい。

テクニック記事を書きました

株式会社LIGのブログで「ポートレート・人物写真をワンランク綺麗に撮るコツ・テク12選」という記事を書きました。

http://liginc.co.jp/web/camera/69418

モデル協力は横澤みさえ(MISAE)ちゃんです。
代々木公園〜表参道あたりを付き合ってもらって撮影しましたが、天候がコロコロ変わって大変でした。